咲かない胡蝶蘭に「秋」を教える。花芽のスイッチが入る夜温のつくり方

花が終わってから1年近く、葉ばかり増えて花茎が上がってこない。
そんな胡蝶蘭を前にして、育て方を間違えたのかなと落ち込んでいませんか。

胡蝶蘭専門の農家で15年ほど栽培してきた、佐藤美咲です。
咲かない株に足りないのは肥料より「秋が来ましたよ」という合図であることが多いのです。

この記事では、花芽が動く温度の目安と、置き場所を動かす時期、うまくいかないときの見直し方をお伝えします。

花芽のスイッチは「夏の暑さが抜けること」で入る

暑いあいだ、胡蝶蘭は花芽を止めている

胡蝶蘭は、暑さが続くかぎり花芽をつくりません。
2006年に学術誌『Journal of Experimental Botany』に載ったBlanchard氏とRunkle氏の研究では、胡蝶蘭2品種を14〜29℃のさまざまな温度で20週間育て、花序が出るかどうかを調べています。

結果を表にまとめました。

温度条件(20週間)花序が出た株
一定温度 14・17・20・23℃8割以上
昼20℃/夜14℃、昼23℃/夜17℃8割以上
一定温度 29℃なし
昼29℃/夜17℃、昼29℃/夜23℃なし

夜を17℃まで冷やしても、昼が29℃あれば花芽は動きませんでした。
一日の平均温度が14℃か17℃のときには、花序の数も、最初の花序につくつぼみの数も最多になっています。
ただし商業用の2品種を温度管理した環境での結果なので、鉢ごとの個体差までは読み取れません。

家庭では夜の温度を目安にするのが動かしやすい

同じ論文の結論は、昼夜の温度差そのものは必須ではなく、昼の高温が花芽を止める、というものです。
正確には「夜を冷やして花芽を呼ぶ」より、暑さで止まっていたスイッチを解いてあげる、という順番になります。

それでも夜温を軸にするのは、家庭で季節の進み具合をつかみやすいのが夜だからです。
昼は日差しや家電で温度が振れますが、暖房をつけない夜に室温が15℃前後まで落ちていれば、その部屋にはもう秋が来ています。

アメリカ蘭協会(AOS)の胡蝶蘭の栽培シートには、秋に数週間、夜間の温度を55°F(約13℃)まで下げると花茎ができやすい、と書かれています。
国内では、栽培家のrantatuさんが運営する蘭の達人PRO.comが、18度以下くらいの温度に当たることで花芽をつけるという見方を示しています。
2つを重ねて、この記事では次の温度を目安にします。

  • 涼しくしているあいだの夜の最低温度は13〜18℃
  • 昼の室温が25℃を超える日が続かないこと
  • 夜でも10℃は切らせないこと

涼しくする前に、この株に花芽をつける体力があるかを見ておく

前回の開花後に、新しい葉が4枚以上出ているか

蘭の達人PRO.comは、花芽をつける条件のひとつとして、前回の開花時より新しい葉が4枚以上完成していることを挙げています。
花が終わったあとに出た葉が何枚あるか、株元から数えてみてください。
涼しい場所に移したのに動かない株を調べたら、新しい葉が2枚しかなかった、ということが教室でもときどきあります。

葉と根の状態もあわせて確認する

葉の枚数が足りていても、根が傷んでいる株は花芽どころではありません。
次の表で、今の株がどちらに近いかを見てみましょう。

確認する場所花芽に向く株先に立て直したい株
新しい葉の数4枚以上3枚以下
葉の状態厚くてハリがあるしわがある、黄色くなっている
根白から緑で張りがある黒くてブヨブヨしている

右側に当てはまる株は、涼しくするより先に根と葉を回復させるほうが近道です。
明るい日陰で、植え込み材がしっかり乾いてから水を与える管理に戻し、涼しくするのは来年の秋に回しましょう。

夜温のつくり方は、置き場所を時期に合わせて動かすこと

エアコンのある部屋から、暖房を使わない部屋へ

夏のあいだ冷房のきいたリビングで、夜も昼も同じ室温で過ごしてきた株は、季節の移り変わりを体験していません。
朝晩が涼しくなってきたら、リビングの窓辺から、玄関や廊下、北向きの部屋など暖房を使わない場所へ移します。

夏を戸外で過ごした株は、時期の目安があります。
みんなの趣味の園芸(NHK出版)のコチョウランの栽培ガイドでは、戸外での管理を5月下旬から9月下旬までとしています。
ちょうど今ごろが、取り込みの時期です。

移し先には、最低最高温度計を鉢と同じ高さに置いてください。
窓際や床に近い場所は、部屋の真ん中よりずっと冷えるので、目の高さの室温だけで判断すると読み違えます。
朝いちばんに最低温度を見る習慣をつければ、その場所が13〜18℃に収まっているかどうかがすぐにわかります。

時期ごとの動かし方の目安

AOSは「数週間」としていますが、私は3〜4週間を一区切りにしています。
この期間を軸にした、置き場所と管理の目安が次の表です。

時期置き場所夜の最低温度の目安水やり
9月下旬戸外の株は取り込む。室内の株は暖房のない部屋か玄関へ15〜18℃植え込み材が乾いてから、午前中に
10月〜11月(3〜4週間)同じ場所から動かさない。夜に10℃を切りそうな日は暖かい部屋へ13〜18℃乾いてから、量は控えめに
花芽が見えたら明るく暖かい場所へ15℃以上乾いたらたっぷりと

涼しくしているあいだの水やりと肥料

気温が下がると鉢の中は乾きにくくなります。
表面が乾いたように見えても、植え込み材の中はまだ湿っていることが多いので、指を第一関節まで差し込んで確かめてから水を与えましょう。
みんなの趣味の園芸も、びっしょり濡れた状態で寒さに当たると根腐れしやすい、と注意しています。
水やりは、夜までに鉢の表面が乾くよう午前中に済ませておくのが安心です。

肥料については、同じ栽培ガイドが液体肥料を9月下旬まで週1回としています。
涼しくし始めたら、液体肥料はいったん止めて構いません。

避けたい置き場所と管理

涼しくすることに気を取られて、かえって株を傷めてしまう失敗があります。
次のような場所や管理は避けてください。

  • 暖房の温風やエアコンの風が直接当たる場所
  • 夜に窓ガラスのすぐそばで10℃近くまで冷え込む場所
  • 効き目が待てず、数日おきに置き場所を変えること
  • 冷やすほど効くと考えて、寒い屋外に出しっぱなしにすること

花芽が動いたサインと、出たあとの温度

花芽と根は「出る場所」と「伸びる向き」で見分ける

花芽は、葉と葉のあいだ、葉の付け根から出てきます。
根は茎のどこからでも出てくるのが違いです。
出はじめはどちらも横に伸びるので迷いますが、成長するにつれて上へ向かえば花芽、下へ向かえば根です。
判断がつかないときは、切ったり触ったりせず、1週間ほど伸びる向きを見守ってください。

花芽が見えたら、涼しさは卒業

花芽を見つけたら、涼しくする役目は終わりです。
AOSの栽培シートでは、通常の管理温度を夜間15℃以上としています。
明るく暖かい場所へ移すのは一度だけにして、そのあとは動かさないほうが安心です。
同じシートに、つぼみが開く準備の整った株は温度の変動でつぼみが落ちることがある、との注意もあるからです。

年内に見えなくても、あわてない

3〜4週間涼しくしても花芽が見えないことは、あります。
そのときは涼しさをやめて、冬のあいだ夜に10℃を切らない暖かさで普段どおりに管理を続けます。
みんなの趣味の園芸も、冬は室内の暖かい場所で18℃以上を好むとしています。
週に1回、葉の付け根を見る習慣を続けていると、年が明けてから花茎が上がってくる株もあり、私も何度かその朝に出会っています。

涼しくしても咲かないときに疑うこと

症状別の見直しポイント

3〜4週間たっても動かないときは、次の表で原因を探してみてください。

状況疑うこと見直し方
夜は涼しいのに花芽が出ない昼の室温が高い(日差しの強い窓辺、閉めきった部屋)昼も25℃を超えない場所へ移す。論文でも昼29℃では花序が出なかった
夜に何度まで下がっているか不明家電や隣室の暖房で夜も暖かい温度計で最低温度を測り、13〜18℃に合わせる
涼しくしたあと葉に水がにじんだような斑点が出た低温障害すぐ暖かい場所へ戻す。夜に10℃を切らせない
新しい葉が増えていない株の体力不足今年は株を太らせて、来年の秋にやり直す

今年は咲かせない、という選択もある

葉が少なかったり根が傷んでいたりする株を、無理に咲かせようとすると、株がさらに弱ってしまうことがあります。
私は、そういう株には今年は咲かせないと決めて、葉と根を育てることに専念してもらいます。
1年遅れても、体力のついた株のほうが、ずっと立派な花茎を上げてくれるからです。

まとめ

胡蝶蘭の花芽は、夏の暑さが抜けて、夜が涼しくなるという季節の変化を受けて動き出します。
今日からできることを整理します。

  • 前回の開花後に新しい葉が4枚以上あり、根が傷んでいないか確かめる
  • 暖房を使わない部屋や玄関に移し、夜の最低温度を13〜18℃、昼は25℃以下に保つ
  • 3〜4週間そのまま動かさず、夜に10℃を切る日だけ暖かい部屋へ避難させる
  • 花芽が見えたら明るく暖かい場所へ移し、夜15℃以上を保つ

正直なところ、咲かない胡蝶蘭を前にして一番つらいのは、何をすればいいのかわからない時間だと思います。
温度計を1本置いて、夜の温度を見てあげるだけで、その時間はかなり短くなります。
今年の秋、あなたの胡蝶蘭に季節をひとつ教えてあげてください。